交通事故と労災保険の関係

労災保険の使い方

被害者が雇主の業務に従事中、または通勤途中に交通事故の被害にあった場合は、加害車両についている自賠責保険だけでなく、労働者災害補償保険法に基づいて自分の会社の労働災害保険(略して労災保険)にも請求することができます。公務員であれば公務災害保険が適用されます。

つまり、加害者と労災保険の双方に同時に請求権が発生するということです(支給は双方からなされますが、自賠責保険と調整(求償および保険給付の控除)されますので双方から総取りすることはできません)。

通勤途中の交通事故で、交通事故現場が通勤経路から500メートルも離れていれば、その理由が必要になります。理由もなく届出経路から離れた地点で交通事故が発生したのであれば、労災保険の適用は認められない可能性があります。

労災保険は、加害者と示談がなされていなくても支給されますので、労災保険が適用される交通事故の場合は、その適用を受けることが肝要です。加害者の過失が100%であっても、あるいは会社が自動車通勤を認めていなくても労災保険は適用できます。ただし、自賠責保険のように慰謝料、通院交通費の支払いはありません。

自賠責保険と労災保険のどちらを優先的に使うかは、被害者が自由に決めることができますが、自賠責保険を温存するために労災保険や健康保険を適用しますので労災保険から請求します。先に自賠責保険に請求してしまうと、せっかくの慰謝料が治療費で消えてしまい、医療機関だけが得をする結果になります。治療費については、初診から労災保険を使用し、自賠責保険は慰謝料を取るために残しておくことが重要です(労災保険が適用される場合は、健康保険は使用できません)。

労災保険への請求手続きは、通常、加害者の加入する保険会社が、被害者の勤務する会社(労災担当者)と話を進めてくれるので、怪我をした本人が手続きを行う必要はほとんどありません。労災保険は強制適用事業ですので、アルバイトであろうとパートであろうと1人でも労働者を雇用していれば、加入するよう義務づけられています。

余談ですが、「会社の労災保険を使うと保険料が上がるのではないか」と考える労災担当者もいますが、1,000人以下の労働者を雇用する事業所に対しては労災保険料は一律ですので、適用したからといって保険料が上がることはありません。

労災保険適用のメリット

労災保険を使用すると治療費は全額、初診から労働基準監督署が支払います。休業損害は、60%の通常分に特別支給として20%がプラスされます。被害者は、休業損害の通常分の残り40%を貰えば、120%の休業損害を手にすることになります。また、交通事故について被害者に過失があっても、過失相殺されません。

  1. 治療費の全額が労災保険の適用となり、被害者の一部負担は発生しません。
  2. 将来、再発して手術が必要になっても再発申請をすれば、労災保険が改めて適用されます。
  3. 労災保険は後遺障害の認定に関し、直接顧問の医師が診断をしますので、書類のみで審査する自賠責保険と異なり、高い等級を認定してくれます。ただし支給については、自賠責保険と調整がなされます。
  4. 休業期間中の給付金は、事故前3ヵ月間の総支給額÷3ヵ月間の日数×0.6×休業日数で支払われます。
  5. 上記4に加え、休業特別支給金が、事故前3ヵ月間の総支給額÷3ヵ月間の日数×0.2×休業日数で支払われます。保険会社から休業損害の支給を受けていても、請求さえすれば支払われるようになっています。

労災保険適用例(被害者の過失40%の場合)

労災保険を使わない場合 労災保険を使った場合
①治療費
(診療報酬点数5万点)
100万円
(5万点×20円を負担)
0円
(5万点×12円を労災負担)
②入通院慰謝料 100万円 100万円
③休業損害 100万円 100万円
損害額合計①+②+③ 300万円 200万円
④損害賠償額 300万円×(1-0.4)=180万円 ②100万円×(1-0.4)=60万円

③100万円×(1-0.6)×(1-0.4)=24万円
(休業損害の残り40万円から被害者の過失40%を引く)

③100万円×0.8=80万円
(休業補償給付0.6+休業特別支給金0.2)
※労災保険は過失相殺なし

164万円
⑤治療費の支払金額 100万円 0円
被害者の受領金額④-⑤ 80万円 164万円

労災保険の保険給付の種類

業務災害に係る保険給付と通勤災害に係る保険給付(カッコ内)の名称は異なりますが、内容は全く同じです。

療養補償給付(療養給付) 治療費が支払われます。
休業補償給付(休業給付) 療養のため労働することができず、賃金を受けられないときに、休業4日目から支払われます。
障害補償給付(障害給付) 後遺障害が残った場合、等級に応じた年金、あるいは一時金が支払われます。
  • 1級~7級までの後遺障害 ≫ 障害補償年金が支払われます。
  • 8級~14級までの後遺障害 ≫ 障害補償一時金が支払われます。
障害補償年金と障害補償一時金の支払いが重複したときは、事故発生日から3年間は障害補償年金の支払いが停止されます。
傷病補償年金(傷病年金) 療養をはじめてから1年6ヵ月を超える傷病(1級~3級)の場合、休業補償給付に代わり、所定の傷病補償年金が支払われます。
遺族補償給付(遺族給付) 被害者の遺族に対して、遺族補償年金、または遺族補償一時金が支払われます。
葬祭料(葬祭給付) 被害者が死亡した場合には、遺族に葬祭料が支払われます。
介護補償給付(介護給付) 障害補償年金、または傷病補償年金を受給している被害者が介護を必要とする場合に支払われます。

労働福祉事業

労災保険は、業務災害、または通勤災害を被った被害者、またはその遺族に対して所定の保険給付を行うほか、必要なサービスとして労働福祉事業を行っています。

労働福祉事業の種類 支給事由 その内容
外科後処置 障害により喪失した労働能力を回復し、または醜状を軽減し得る場合 必要な医療
義肢等の支給 障害を受け、必要があると認められる場合 義肢、義眼、眼鏡、補聴器等の支給および修理
温泉保養 8級以上の後遺障害の場合 温泉地の指定旅館で7日(6泊7日)以内の温泉保養
旅費の支給 外科後処置、義肢等の装着、温泉保養に要する場合 旅費、宿泊費および日当
脊髄損傷者等に対するアフターケア 3級以上の障害補償年金を受けている場合等 診察、保健指導、保健のための処置、検査、保健のための薬剤
労災就学援護費の支給 1級~3級の障害補償年金、遺族補償年金、傷病補償年金を受ける者又はその家族で学資の支弁が困難な場合 小学生
月額12,000円
中学生
月額16,000円
高校生
月額18,000円
大学生
月額38,000円
労災就労保育援護費の支給 1級~3級の障害補償年金、遺族補償年金、傷病補償年金を受ける者又はその家族で就労のため、未就学の児童を保育所、幼稚園等に預け、その費用を援護する必要があると認められる場合 1人
月額12,000円
特別支給金 休業特別支給金 療養のため労働することができず、賃金を受けられない日が4日以上に及ぶ場合 休業4日目以降休業1日につき、給付基礎日額の20%に相当する額
障害特別支給金 1級~14級までの後遺障害 障害の程度に応じ、8万円~342万円の一時金
遺族特別支給金 死亡した場合 遺族に対して300万円
傷病特別支給金 療養をはじめてから1年6ヵ月を超える傷病(1級~3級の後遺障害)の場合 障害の程度に応じ、100万円~114万円の一時金
障害特別年金 1級~7級までの後遺障害 障害の程度に応じ、算定基礎日額の131日分~313日分の年金
障害特別一時金 8級~14級までの後遺障害 障害の程度に応じ、算定基礎日額の56日分~503日分の一時金
遺族特別年金 遺族補償年金の受給資格者がいる場合 遺族の数に応じて、算定基礎日額の153日分~245日分の年金
遺族特別一時金 遺族補償年金の受給資格者がいない場合等 算定基礎日額の1000日分
傷病特別年金 療養をはじめてから1年6ヵ月を超える傷病(1級~3級の後遺障害)の場合 障害の程度に応じ、算定基礎日額の245日分~313日分の年金
休業補償特別援護金の支給 休業待期3日間について、倒産等により休業補償を受けていない場合 休業補償給付の3日分に相当する額

特別支給金のうち、障害特別年金、障害特別一時金、遺族特別年金、遺族特別一時金、傷病特別年金は、特別給与を基礎として算定されます。特別給与とは、3ヵ月を超える期間毎に支払われる賃金(賞与等)を言い、事故前1年間の特別給与の総額を算定基礎年額とし、これを365日で除した額を算定基礎日額と言います。

労災保険では、特別支給金は保険給付ではなく、労働福祉事業として支給されますので、調整の対象にはなりません。

後遺障害診断書(労災保険用)の提出方法

労災保険適用の被害者で後遺障害が残った場合は、自賠責保険の後遺障害診断書と労災保険の後遺障害診断書の2つを病院に提出し、記載してもらいます。記載してもらった後遺障害診断書は、先に自賠責保険に提出(自賠責保険用)し、認定結果が通知されたら労災保険に提出(労災保険用)します。