物損事故の損害賠償請求

物損事故とは

交通事故でも、人に怪我がなく、自動車が破損したり、建物などの施設が壊れただけですむ交通事故を物損事故といいます。物損事故の場合は、簡易な物件事故報告書という書類が作成されるのみで、実況見分調書は作成されません。

物損事故では、刑法上の責任(器物損壊罪)や行政上の責任(点数・罰則)を問われることはなく、民事上の責任(損害賠償)のみ問われます。しかし、運転上の注意義務を怠って建造物を損壊すると、道交法の過失建造物損壊罪の責任を問われることがあります(道交法116条)。

刑法上の器物損壊罪は、わざと人の物を壊した故意犯でなければ成立しない犯罪です。したがって、過って人の物を壊した過失犯の場合には、器物損壊罪は成立しません。

物損事故から人身事故になった場合

交通事故後、2週間程度であれば、医師に診断書を書いてもらい、警察署に提出することで物損事故から人身事故に切替えができます。

物損事故と判断し、その後、怪我をしていることが判明した等、正当な理由があれば、物件事故(物損事故)の交通事故証明書に人身事故証明書入手不能理由書を添付して自賠責保険に請求することができますが、人身事故の交通事故証明書を入手することが第一優先であり、人身事故証明書入手不能理由書はあくまで「入手不能」なときに限り利用します。

物損事故は自賠責保険に請求できない

物損事故は、自動車損害賠償保障法(略して自賠法)の適用がありませんので、加害者の自賠責保険に請求することはできません。ただし、義眼、義歯、義肢、眼鏡、コルセット、松葉杖、補聴器などは、身体に密着し、かつ身体の一部の機能を代行していることから、人身損害として自賠法が適用されます。

また、通常使用する程度の着衣(背広、ワイシャツ、ネクタイ、靴下などで高価でないもの)、履物などは判例上、人身損害として認められています。

物損事故は慰謝料を請求できない

物損事故と言えども、警察の立会い、レッカー車の手配、修理工場へ出向いたり、保険会社等との示談交渉、全損ともなれば買換えの手間と事後処理に奔走する時間・労力、精神的ダメージは相当なものです。

しかしながら、物損事故に関して、慰謝料は原則として請求できません。例外的に慰謝料が認められたケースは、家屋、店舗に飛び込まれた物損事故です。

物損事故で損害賠償請求できるもの

修理費(自動車の修理が可能な場合)

自動車が破損した場合、修理が可能であれば、その修理費の実費が損害と認められます。修理費が交通事故直前の自動車の時価以上にかかる場合には、損害として請求できる額は、その時価を限度とします。

例えば、交通事故直前の自動車の時価が20万円とした場合、修理費が50万円かかったとしても、20万円しか認められないということです。

買換費(自動車が全損の場合)

自動車が全損した場合、あるいは修理が技術的に不可能な場合、交通事故時の自動車の時価が損害額となります。買換費については、交通事故直前の自動車の時価を基準としますので、損害保険会社との間で時価をめぐって争い、裁判になることもあります。

時価の算出方法

新車登録直後~1ヶ月以内の自動車

減価償却定率法で時価を算出します(一般の乗用車の法定耐用年数は6年です)。1日あたりおよそ0.1%減価し、1ヶ月に3.2%減価します。

例:新車価格200万円が1ヶ月経過すると、2,000,000円×96.8%=1,936,000円になります。

新車登録後1ヶ月~1年まで自動車

中古車情報誌や中古車価格サイトなどの情報を複数収集して、その平均価格を求めます。調べても見つからない、あるいは1台の情報しかないときは、経過月数定率法未償却残存率表を使用して算出します。

例:新車価格200万円が12ヶ月経過すると、2,000,000円×68.1%=1,362,000円になります。

新車登録後1年~7年まで自動車
レッドブック

オートガイド社「自動車価格月報」(通称レッドブック)の中古車価格の小売欄を参考にします。国産乗用車、輸入自動車、トラック・バス、2輪車・4輪車別に4冊がありますが、注意しなければならないのは、東京の価格を対象にしていますので、地域差が考慮されていないことと、交通事故日と一致する月の月報でチェックするということです。

もう一つの方法として、中古車情報誌や中古車価格サイトなどの情報を複数収集して、その平均価格を求めます。

新車登録後8年以上の自動車

税法では、6年経過すると車の価値は新車購入価格の10%になり、以降、全て同じという考え方です。しかしながら、実情は車検が残っていたりして、使用価値はあるということが言えます。そこで、中古車情報誌や中古車価格サイトなどに掲載されていれば、複数収集して、その平均価格を求めます。

定率法未償却残存率表(%)
2ヶ月 3ヶ月 4ヶ月 5ヶ月 6ヶ月 7ヶ月 8ヶ月 9ヶ月 10ヶ月 11ヶ月 12ヶ月
93.8 90.8 88.0 85.2 82.5 80.0 77.4 75.0 72.6 70.3 68.1

いずれにしても、買換えに要する費用から交通事故車の下取り価格(スクラップ価格)を差し引いて請求しなければなりません。

販売業者が下取価格を払った自動車は、修理して中古車市場に売却します。一方、損害の状況がひどく、中古車として売れそうもないと判断されると、下取りもしてくれません。この場合、被害者は交通事故車を廃車・解体しないと、いつまでも自動車税がかかってきますので注意してください。

評価損(格落ち)

修理しても自動車の価格が下落する場合は、その減少分が評価損(格落ち)という損害になります。損害保険会社は、物損事故の評価損を支払うつもりは全くありませんので、評価損をめぐってトラブルになることが多いようです。

裁判で物損事故の評価損について争うときは、訴状に「一般財団法人日本自動車査定協会」の出す事故減価額証明書等が必要であり、証拠として添付することになります。

評価損が認められた例

判例上、評価損の算定方法について、定まったものはありませんが、これまで認められたものは次のとおりです。

このような判例をみますと、物損事故の評価損は購入直後の新車およびベンツなどの高級外車に認められる傾向にあります。

損害保険会社は、交通事故車を事故後も乗り続け、最終的に廃車処分にした場合は、物損事故の評価損は生じないとの立場をとっています。つまり、現実に下取りに出されていない場合には、証明は困難であり、物損事故の評価損は認められないということでしょう。

しかしながら、現実には交通事故後1年で買い換えることだってあり得ます。評価損を否認されたときは、事故減価額証明書、修理明細書、交通事故車と同程度の評価損を認めた判例などを根拠に、請求する余地があると考えます。

交通事故車とは
フレーム (サイドメンバー)・クロスメンバー・インサイドパネル・ ピラー・ダッシュパネル・ルーフパネル・フロア・トランクフロアなどの部位を修復したもの、あるいは、ラジエータコアサポートを交換したものが交通事故車となります。

代車使用料

物損事故に遭い、修理あるいは買換などで自動車が使えないため、代車を使用した場合には、必要かつ相当な範囲に限り代車使用料が認められます。

一般的に認めてもらえるようで認めてもらえないのは、代車の必要性が判断基準にされますので(毎日仕事で使っているなど、代車を使用せざるを得ないような場合でなければなりません)、必要性をめぐって争いになってしまうのです。足の不自由な母親を病院まで送り迎えしているのであれば、代車の必要性はあると言えます。

任意保険会社においては、過失割合100:0の場合に限って、交通事故後速やかにレンタカーを手配し、被害者の使用に供しているのが現実です。しかし、代車使用料は、被害者に過失があるときでも請求できます。任意保険会社が代車使用料を認めなくてもよいのは、被害者が他に自動車を保有しているなど代車使用の必要性がないときです。

タクシー代を代車使用料として請求できるのは、電車、バス等の公共交通機関の利用ができない場合です。

代車の使用期間

買換の場合

次の自動車が納車されるまでの期間です。

修理の場合

自動車の修理が終わって引き渡しされるまでの期間です。10日~2週間程度以内とされるのが一般的ですが、1ヵ月程度認めた判例もあります。ただし、「新車を買ってほしい」などと認められない交渉のために修理に取りかかるのが遅れた場合、交通事故日から修理に取りかかるまでの日数は使用期間に含まれません。

代車として使用する車種選びのルール

このようなルールが存在する理由は、損害賠償制度は、被害者も加害者も損害を最小にするよう努力する義務があるからです。したがって、被害者は風が吹けば桶屋が儲かる式に、なんでも損害賠償請求できるわけではありません。

休車補償(休車損害)

営業用車両については、修理または買換のために、その期間休業せざるを得なかった場合、営業上の損害が生じますので、その純益を休車補償として請求できます。

休車補償が認められない例

車両購入諸費用

車両購入諸費用は、自動車が全損になったために、新しく発生した費用か否かで判断します。

費用名 請求可 請求不可
自動車の時価にかかる消費税
自動車取得税(時価が50万円以下の車は免税)
自動車税・軽自動車税(還付手続きをする=登録抹消)
自動車重量税
法定車検登録費用
法定車庫証明費用
自賠責保険料(還付手続きをする=解約)、自動車保険料、共済料
登録手続代行料、車庫証明手続代行料、納車料
代行料にかかる消費税
廃車・解体費用(見過ごされてきたケースが多い)

その他(損害保険料・レッカー代・陸送費・装備品)

次のような費用は損害と認められます。

当行政書士事務所は、本ホームページによる情報提供のほかは、物損事故に関する書類作成及び相談業務は一切行っておりません。